日本という国
133/235

129[二・「茶さ道どう(茶の湯)」] お茶は日本人に最も親しみ深い飲み物だ。抹茶まっちゃを茶碗に入れてお湯を注ぎ、茶ちゃ筅せんでかき回して泡を立てて飲むことを、芸術として確立したのが「茶道(茶の湯)」だ。 普段の生活の中から生まれた「茶道」は、600年近い歴史を有し、日本人の生活と心に深く根付いている。 【歴史と精神】 12世紀の終わりに、中国で禅ぜん宗しゅうを学んだ僧・栄えい西さいがお茶の種たねとともに、茶の道具や礼式を日本に持ち帰った。初めは貴重な薬だったが、その後、栽培に成功し、人々に広く飲まれるようになった。 お茶を飲み、道具を楽しむことを「茶道」として、精神的な高まりを与えたのが室町むろまち時代の村むら田た珠しゅ光こう(1422年~1502年)だ。村田珠光が「茶と禅の精神の統一」を主張して、茶ちゃ室しつで心の静けさを求める「侘わび茶ちゃ」を創つくり出した。「侘び茶」は、村田珠光から武たけ野の紹じょう鴎おうを経て「千せんの利り休きゅう」(1522年~1591年)によって完成された。 16世紀末、「千利休」によって儀礼が定められ、心と形を伴った茶道として確立した。 「侘び茶」は、華やかな桃山文化の中にあって、「簡素・閑かん寂じゃく」を精神としたものだった。 「茶道」は、豊とよ臣とみ秀ひで吉よしや諸大名の保護を受けて流行し、さらに発展して、茶室、茶器、庭園などに優れた芸術作品を生み出した。 「茶道」は、人との出会いを大切にする。その精神を「一いち期ご一いち会え」という。 また、「茶道」の心は、「閑かん寂じゃくな風ふう趣しゅ」を意味する「侘(わび)」と「寂(さび)」で表されることが多い。 「わび」は、「静かに澄んで落ち着いた心」だ。「おごらず、つつましく」という生活態度。日本人の美意識は平安文学の「ものの哀あわれ」に始まり、「幽玄ゆうげん」になり、「わび」に至る。 「さび」は、「枯れた趣」、「閑寂な心の動き」、「さっぱりとした中に深い味わいを感じさせる」という意味。俳諧の味わいを表現する言葉でもある。 「茶道」は「俗世界を離れ、かつ優美な趣」という風流な精神でもある。

元のページ 

page 133

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です