日本という国
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137 歴史 「能」は、神や人の霊が出てくる話が多いため「面」を使うのが他の演劇との大きな違いだ。「面」は端麗だが、無表情のものがほとんど。人の表情を「能面のような顔」という場合は、「無表情で冷たい顔」という意味になる。 「能」は、舞台全体に美しさを表現して、観客に感動を与える。そのため、人の喜びや哀しみを露骨に出さずに、極端な喜怒哀楽の演技を避ける。 一般に、男性の役者が、女性や老人、少年、鬼き神じんや動物の精など人間でないもの、人間であっても現実の世の人でない役を、「面」をつけて演じる。 「面」を「上に向ける」と「喜び」の表情になり、「下に向ける」と「哀しみ」を表す。足の動作は「摺すり足あし」と呼ばれる独特の歩き方で、足の裏で地面を滑るように歩く。 「能」の役者は、主に「シテ」方かた、「ワキ」方、「囃はや子し」方、「狂言」方の四種類の演技を分担する。シテは「主人公の役」であり、「能」の中心的な存在。ワキはシテの相手役。シテ、ワキに伴って助演する人を「ツレ」という。 「囃子」は笛ふえ、小こ鼓つづみなどの楽器を演奏する。 「能楽」の歌を「謡うたい」という。夫婦の愛と長寿を意味する「高砂たかさご」は、結婚式で歌われる。「能」舞台の端にいる人たちが歌う謡を「地謡」と呼ぶ。コーラスだ。 「能」は中世という戦乱の時代に生きた武士に育てられた。人間本来の生き方としての静寂を求めた。農村の祭で演じられていた猿楽が、鎌倉時代から南北朝時代にかけて歌舞や音楽を取り入れて、宗教的な意味合いを持つ「能(能楽)」に発展した。 室町時代に将軍・足あし利かが義よし満みつが能役者・能作者の「観かん阿あ弥み、世ぜ阿あ弥み」父子をバックアップし、芸術性の高い「能」が完成した。世阿弥は、数多くの謡曲(能の台本)などを書き、「能」の真髄を理論書「風ふう姿し花か伝でん」(通称「花伝書」)にまとめた。 「能」には、観かん世ぜ流りゅう、宝ほう生しょう流、金こん春ぱる流、金こん剛ごう流、喜き多た流の五流派がある。 現在、上演される曲目は約240曲。江戸時代に確立された「能」は五番編成だ。シテの役柄で分類すると、初しょ番ばん目め物ものから五番目物まで5種類ある。 「神じん、男なん、女にょ、狂きょう、鬼き」の分類法や、夢む幻げんの世界を描いた「夢幻能」と、現実を描いた「現在能」に分ける分類もある。代表的な「羽は衣ごろも」は「天女が盗まれた羽衣を漁師が見つけて返してもらったお礼に舞を舞って天に昇っていく」話だ ◎「構成」・「面」と「舞」◎ 「能」は舞台装置を作らない。家や舟などの「作つくり物もの」と呼ぶ小道具を使うだけ。 実際の情景を作らずに、観客が舞台に自由に幻想を描いてもらう手法だ。 「能」には一場面の「一場物もの」と、前後二段からなる「二場物」があり、ほとんどが「二場物」だ。 「二場物」では、前段と後段で「シテ」が代わり、前段のシテを前まえジテ、後段のシテを後のちジテと呼ぶ。例えば、「竜たつ田た」という曲では、前ジテが神社の巫女として登場する。『竜田姫を神として祭る竜田神社に参詣するために竜田川を渡ろうとする旅の僧(ワキ)を引

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