日本という国
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164=月と潮(海)によって象徴される空間の壮大さ、「今は漕ぎ出でな」と、人々を誘う緊張感のあふれる詞ことばに、万葉の精神の高さが表現されている。 中国に留学した経験を持つ「山やまの上うえの憶おく良ら」は、漢詩文や、仏教・儒教などに関する豊富な知識を持ち、思索的な歌を作った。貧困、病、老、死という人間の弱点や現実をテーマに、強烈な個性を表現した。 宮廷歌人とは異なる新しい歌が生まれた。 「万葉集」の最後を飾る「大おお伴ともの家やか持もち」は、没落する家運の中で、心の慰めを歌に求めた。 春の苑その 紅くれないにほふ 桃の花 下した照る道に 出で立つ乙女 【春の庭園の 紅色に美しく照り映えている 桃の花 その木の下までも あかく映はえている道に 出て立っている少女よ】 =幻想的で、絵画的な美が歌われている。 わが宿の いささ群むら竹たけ 吹く風の 音のかそけき この夕べかも 【わが家の それほど多くもない群竹(群むらがって生えている竹)に吹く風の音のかすかな この夕方よ】 =夕方の静寂の中で鋭敏になっていく孤独で内ない省せい的てきな心の感覚を歌っている。平安時代の文学意識である「雅みやび」の精神に通じ、抒情性が高い。 平安時代以降、歌は貴族社会を中心としたものだった。 しかし、「万葉集」には、身分の低かった民衆の歌も多く残されている。 家族と離れ、遠く北九州沿岸、壱い岐きや対馬つしま(今の長崎県)で防人さきもり(辺境を守る人)となった農民の歌がある。 父ちち母ははも 花にもがもや 草くさ枕まくら 旅は行くとも 献ささごて行かむ (「草枕」は旅の枕詞まくらことば) 【父母が 花だったらいいなあ 旅に行っても 捧ささげるように大事に持って行くのに】 =両親と別れる辛さを率直に歌って、人の心を打つ。純粋で素朴な姿が伝わってくる庶民の歌だ。

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