日本という国
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171☆ めぐりあひて 見しやそれとも わかぬ間に 雲がくれにし 夜よ半わの月かな (紫むらさき式しき部ぶ) 【ひさしぶりにお目めにかかって あの人かどうか見分けがつかない間に急いで帰ってしまったあなたは まるで雲に隠れてしまった夜中の月のようですね】 ☆ 瀬を早み 岩にせかるる 滝たき川がわの われても末すえに 逢はむとぞ思ふ (崇す徳院とくいん) 【川の瀬の流れが速いので 岩にせきとめられて二つに分かれた急流が やがて一つに合流するように 私たちも今は別れ別れになっていても 行く末は必ず再び逢いたいと思っているよ】 【「百人一首」の「競技かるた」】 1543年(天文てんぶん12年)に種たね子が島しま(鹿児かご島しま県けん)に漂着したポルトガル人がもたらした「かるた」と「百人一首」が結びついた室内遊戯のこと。 「百人一首」の「競技かるた」は、「短歌と作者の名前と絵」が書いてある「絵え札ふだ」100枚と、「五・七・五・七・七」の「下しもの句、七・七」が「ひらがな」で書いてある「字じ札ふだ」100枚で出来ている。 ※ 一般的な遊び方 ①100枚の「字札」(取り札)をテーブルや畳たたみに並べる。 ②「読み手」が、「絵札」(読み札)の和歌を読み上げる。 ③2人以上がそれを聞きながら、並んでいる「字札」を取り合って競争する。 取った「字札」の数が多い者が勝ち、となる。 2人で「字札」を取り合う「百人一首」の「競技かるた」は、第一回が明治37年(1904年)に開かれ、大正時代から昭和初期にかけて全国的に広まった。 「読み手」が「絵札」の和歌を読み始めるや否や、競技者は目にも留まらぬ速さで、読まれた和歌と同じ「字札」を見つけて、はじき出す。 「競技かるた」は、年令、男女の区別なく楽しむことができる。 百人一首の絵札と字札

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