日本という国
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172「近代の小説」二節= [一・夏なつ目め 漱そう石せき] 小説家であり英文学者である「夏目漱石」は、日本の近代文学における国民的文豪だ。 作品は、「我輩わがはいは猫である」、「坊っちゃん」、「草くさ枕まくら」、「虞美ぐび人じん草そう」、「三さん四し郎ろう」、「それから」、「門もん」、「彼ひ岸過迄がんすぎまで」、「こころ」、「道草みちくさ」、「明暗めいあん」、「行人こうじん」、「倫ろん敦塔どんとう」など多数の小説や、「現代日本の開花」、「私の個人主義」などの評論がある。 処女作の「我輩は猫である」は、中学校の英語教師が飼っている「猫」が主人公だ。教師の家族や周囲の人々の表情やさまざまな出来事を「猫の目」を通して、擬人法で書いている。 人と社会を風刺的にとらえたユーモアあふれる物語だ。 同時に、「漱石」自身の人間観、社会観に基づいた鋭い文明批評でもある。 「漱石」の心の深層と豊ほう饒じょうな文学的才能が、自然に、かつ奔放に発揮されている。 「坊っちゃん」は、松山まつやま(愛え媛ひめ県けん松山市)の中学校に赴ふ任にんした“江戸っ子”の英語教師の正義感と楽天的な性格を、明るいユーモラスなタッチで書いたもの。 「漱石」自身の一年間の中学校教師の体験をもとにしたさまざまな登場人物が、「典型的な日本人」として描写されている。 「夏目漱石」は、文部省(当時)からの文学博士号を辞退した際、「これまでずっとただの夏目なにがし、で生きてきたし、これからもただの夏目なにがし、で生きていくから」と語った。 「菫すみれ程ほどな 小さき人に 生まれたし」という「漱石」の俳句は、「生まれ変われるものなら、菫のような存在の人になりたい」という心情を吐露している。 菫の花言葉は「謙虚、純潔、誠実」。 また、「漱石」は「文展と芸術」の中で、「芸術は自己の表現に始まって、自己の表現に終わるもの」と述べている。 [略歴] 慶応けいおう3年(1867年)、現在の東京都新宿区に生まれた。本名は「夏目金きん之の助すけ」。 学生時代、千葉県を旅行した際の紀行漢詩文集を、郷里の松山市で静養中の学友「正まさ岡おか子し規き」に送り、急速に親しくなった。 27歳で東京帝国大学(現在の東京大学)英文科を卒業して、その後、大学院へ。同時に、東京高等師範学校の英語教師になる。 29歳の4月、松山中学校の教諭として赴任。1年勤め、30歳の4月、第五高等学校 (熊本くまもと県けん) 教諭となり、結婚。この間、俳句や漢詩などを雑誌に発表。 34歳の1900年10月から2年3カ月、イギリスに留学した。

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