日本という国
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176 「藤村」の詩は、日本の近代詩の出発点となった。 合本がっぽん「藤村詩抄」の序で、「遂に、新しき詩歌の時は来りぬ」とし、自らの詩の本質について、「詩歌は静かなるところにて思ひ起こしたる感動なりとかや。げにわが歌ぞおぞき苦闘の告白なる」と表現している。 現実の苦闘から一歩退いて静かな抒情としてまとめるのが「藤村」の詩法だ。 文芸評論家・吉よし田だ精せい一いち氏しは、岩波文庫「藤村詩抄」で、 「用語は日常ふつうのことばに近く、ワーズワース(イギリスの詩人)の『意を新しく、詞ことばを平易にする』という方向を追って成功した」、 「第一の功労を感情開放の先せん駆くにありとし、第二の功労を、平俗な国語を詩語としてりっぱに更生させた点にあるとした佐さ藤とう春はる夫お(詩人・小説家)の意見は肯定すべきだ」、 「藤村の詩がその後の詩および詩人にどれほどの感化をあたえ、またどれほど後人の感情、情緒をうるおしたかは改めていわない。影響の広さ大きさという一点では藤村をしのぐ人はいない」 と書いた。 「藤村」の小説はそれほど多くない。 「夜明け前」は、「藤村」が58歳の昭和4年(1929年)4月から年4回、足掛け7年、「中央公論」に連載した長編小説(400字詰め原稿用紙・2,500枚)である。 主人公・青あお山やま半はん蔵ぞうのモデルは、父の正まさ樹き。 明治維新前後の動乱期を主題としながら、明治から大正、昭和にかけての日本の近代化の過程が内包する様々な矛盾を問いかけている。事柄をありのままに綴る叙事詩的な壮大な世界が展開されている。 「破戒」の主人公は、未解放部落出身の青年教師である瀬せ川がわ丑うし松まつ。差別問題を主題とする社会小説としての側面と同時に、出しゅっ生しょうの秘密を負い、自我確立のために苦悩する青年の心理描写の面においても、高い評価を得ている。 《夜明け前》の冒頭 木曽路きそじはすべて山の中である。あるところは岨そわ(注)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。 東ざかいの桜さくら沢ざわから、西の十じゅっ曲きょく峠とうげまで、木曾十じゅう一いっ宿しゅくはこの街道に添うて、二十二里余にわたる長い渓谷の間に散在していた。道路の位置も幾たびか改まったもので、古道はいつのまにか深い山間に埋もれた。名高い桟かけはしも、蔦つたのかずらを頼みにしたような危ない場処ではなくなって、徳川時代の末にはすでに渡ることのできる橋はしであった。新規に新規に、とできた道はだんだん谷の下の方の位置へと降くだって来た。道の狭いところには、木を伐きって並べ、藤づるでからめ、それで街道の狭いのを補った。長い間にこの木曽路に起

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