日本という国
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180「俳句」、「詩」、「短歌」三節=はいくしたんか [一・松まつ尾お 芭ば蕉しょう(俳はい人じん)] 「松尾芭蕉」は俳諧の最高峰として、国民に広く愛されている。 古ふる池いけや 蛙かわず飛び込む 水の音 閑しづかさや 岩にしみいる 蝉せみの声 などの俳句や、「月つき日ひは百ひゃく代だいの過か客かくにして、行きかふ年も又また旅たび人びと也なり」で始まる俳諧紀行文「奥おくの細ほそ道みち」はあまりにも有名だ。 「芭蕉」は寛永かんえい21年(1644年)、伊い賀がの国くに上うえ野の(現在の三み重え県けん伊賀いが市し)に生まれた。 元禄げんろく7年(1694年)、大阪御み堂どう筋すじの花はな屋や仁に右う衛え門もん方かたで客かく死し、享年51歳だった。 「芭蕉」の発病から臨りん終じゅうまでの様子は、弟子の榎本えのもと其き角かくの「芭ば蕉しょう翁おう終しゅう焉えん記き」、同じく弟子の各か務がみ支し考こう編の「笈おい日にっ記き」に詳しく記されている。 旅に病やんで 夢は枯れ野を かけ廻めぐる は、辞世の句として有名。 今から約327年前の元禄2年(1689年)5月、46歳の「松尾芭蕉」が弟子の河か合わい曾そ良ら(当時41歳)とともに、現在の東京都江こう東とう区く深ふか川がわを出発し、埼さい玉たま県けん、栃とち木ぎ県、福ふく島しま県、宮みや城ぎ県、岩いわ手て県、山やま形がた県、秋あき田た県、新にい潟がた県、富と山やま県、石いし川かわ県、福ふく井い県、滋し賀が県を巡めぐって、約5カ月後の10月に岐ぎ阜ふ県大おお垣がきに到着するまで、約2,400㌔㍍の行程を旅した紀行文が「奥の細道」だ。「芭蕉」は5年の歳月を費やして、俳文といわれる散文詩的な文章の間に51の俳句を配した革新的な紀行文学を完成させた。 このことから、「芭蕉」は「漂ひょう泊はくの旅たび人びと」と呼ばれている。 「芭蕉」の最初の句は、「宗房むねふさ」の号ごうで19歳(1662年)の時の次の句だ。

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