日本という国
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197日本人の「行動様式」に八章「農耕生活」と文化一節=しょうのうこうこうどうようしきはっ 人間の生活様式や思考は、自然や風土の影響を強く受ける。 約2000年前までは、日本人の生活はもっぱら採取に依い存そんしていた。 農業が始まって以来、古代から稲、大麦、小麦、粟あわ、大だい豆ず、大根などが栽培されていたが、最も大切な作物は「稲」だった。稲は、穂から籾もみ(穀こく粒りゅう)を取り離す脱穀だっこくをして、籾もみ摺すりをした玄米げんまいをさらに白米にする。「米こめ」が、早くから日本人の主食だった。稲を上手に育てて、米の収穫量を増やすことが、当時の人々の大きな生活目標となり、以来、暮らし方、社会の仕組み、ものの考え方が徐々に変化していった。 稲の起源・原産地は、中国の長ちょう江こう(揚よう子す江こう)中流域、インドを中心とした熱帯の東南アジア、中国南部奥地の雲うん南なん地方、などの説があり、稲が日本に渡来したのは縄じょう文もん時代後期と言われる。 ◇ 古代人の信仰 ◇ 民族は、人と自然との関係を通して固有の文化を形成する。 また、自然環境の違いが「異なる神」を信じさせる理由になった。 自然の猛もう威いが少ない地域では温和な神が信仰の対象になり、自然の脅きょう威いにさらされる地域では、荒々しく強い神が信じられた。 日本は火山帯に属するため地震が多い。 夏の終わりから秋にかけて台風の襲来で、稲の成熟期に当たるため大きな被害を受けた。しかし、これらの災害は一過性のもので、自然は温和な状態が多く、妥協して調和を保つべきもの、という観念が養やしなわれた。その結果、「日本の神話に出てくる神々かみがみ」は、強大な力を持つ「絶対ぜったい神しん」ではなく、「喜き怒ど哀あい楽らくを持った人間性豊かな存在」だった。 ◇ 農業と文化 ◇ 日本では、家畜の飼育は外国に比べて少なく、日本人の食生活は古くから農作物が中心だった。ほとんどが海外から渡来した農作物は、日本の風土で育てる上で、多くの工夫と努力が必要だった。どの作物も成長可能な時期が限られていたため、農作業に適した時期を熟知して工夫すれば豊かな収穫が可能になった。 農作業の適てっ期きを逃さないためには、常に季節の変化を読み取って準備を進めることが大

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