日本という国
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198 切だった。 季節の変化を的確に把握するために、「人々は自然の景観を敏感に観察する」ようになった。 日本人にとって、観察の対象は天体より地上の自然物で、「桜が咲き始めた」など、自然界の変化を敏感にとらえるようになった。 季節に対する鋭い感受性が養われ、文化の各領域に影響を及ぼした。 ◇「稲」と文化 ◇ 日本の自然環境は、人が自然に働きかけて、たゆみない工夫と努力をすれば、豊かな恵めぐみを与えてくれることが分かった。 とりわけ、「稲」は他の作物と比べて多くの労力と手間を必要とした。 「米」という字は「人が『八十八』回、手間てまをかける」ことを意味する。 手間をかけるほど多くの収穫をもたらした。 勤労の効果がはっきり現れ、「勤勉は善」という倫理観が定着していった。 「日本人は労働を尊とうとぶ民族」と言われるのも、稲作と大きく関係している。 また、稲は水田すいでんで栽培し、生育に合わせて水田の水量を調節しなければならない。用水施設の整備が必要になり、共同で管理し利用する習慣が出来上がった。稲作の場所や用水施設が固定された結果、住居は田の付近に集まり、家と家の関係が深まり、地域社会が形成された。 そこでは、自己中心の行動をすれば全体に迷惑をかけるので、「常に個人よりも集団の利益を優先させる意識」が必要だった。

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