日本という国
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017「民主党政権」の誕生 再び「自民党政権」→「安倍内閣」「自民党」の麻あそ生う太た郎ろう総そう裁さいが首相だった2009年(平成21年)8月の衆院選で、「民主党」は「変革」を訴えて308議席を獲得した。絶ぜっ対たい安あん定てい多た数すうを得えて、政せい権けん交こう代たいを実現させた。「選挙による初はつの政権交代」で、1955年以い降こうの一いち時じ期きを除のぞいて続いた「自民党」政権が終しゅう焉えんした。 「民主党政権」は、民主党・社しゃ民みん党とう・国こく民みん新しん党とう3党による「連立内閣」としてスタートした。「民主党」の代表だった鳩はと山やま由ゆ紀き夫お氏しが首相に就任した。 しかし、「民主党」の党内抗争や首相の指導力不足などのため、首相は、鳩山氏から菅かん直なお人と氏に、さらに、野の田だ佳よし彦ひこ氏に代わった。 鳩山氏は母親から贈与された多額の資金を他人名義の献金に偽装した「虚きょ偽ぎ献けん金きん」問題などが批判され、菅氏は「東日本大震災」と「福島原発事故」への対応が遅れたことで支持を失い、野田氏は大量の離党者を出すなど党内をまとめきれず、それぞれ、「首相の座」を退しりぞいた。 「民主党」は2012年7月に「消費税増税」をめぐって分裂。小沢氏らが「国こく民みんの生せい活かつが第だい一いち」を結成し、離反した。そして、「民主党」は、2012年12月の衆院選で、国民の信頼を失い、選挙前の議席(230議席)から4分の1(57議席)に激減。「中学生までのすべての子どもに1人当り月額2万6千円の子ども手当てを支給する」という公約が「3歳から中学生まで、月額1万円」に終わるなど、「マニフェスト(政権公約)」を実現出来なかった「公約違反」が続出したことが大きな理由だった。 「民主党」は議席を大幅に減らし、野田内閣が総辞職に追い込まれ、「民主党」政権は 3年3カ月で幕を閉じた。 2009年8月の衆院選で野党に転落した「自民党」の総裁は麻生太郎氏から谷垣たにがき禎一さだかず氏に、「公明党」の代表は太おお田た昭あき宏ひろ氏から山やま口ぐち那な津つ男お氏に、それぞれ交代した。その後、「自民党」は、2012年9月に安倍晋三・総裁を選んだ。 「自民党」は、2012年12月の第46回衆院選(定数480議席)で、単独過半数(241議席)を大幅に上回る294議席を獲得し、政権を奪還した。「連立」を組んだ「公明党」の31議席と合わせた議席は「325議席」となり、参議院で否決された法案を衆議院で再可決できる「3分の2(320議席)以上」を確保した。3年3カ月続いた「民主党」政権が崩壊し、かつて長期政権を維持した「自民党」が、再び第一党になり、「自民党」と「公明党」の連立政権である「安倍晋三内閣」がスタートした。 2012年12月26日の特別国会で、「自民党」の安倍晋三総裁(58)が第96代首相に選出された。安倍氏は2006年9月から約9カ月、第90代首相を務めており、5年ぶりの再さい登とう板ばんとなり、「自公連立」の「第二次安倍内閣」が発足した。

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