日本という国
219/235

215「納豆」五節=なっとう 日本人は、「納豆」をよく食べる。 旅館やホテルの朝食には、味付け海苔、卵焼き、魚の干物などと一緒に必ず「納豆」が出る。 「納豆」は、たんぱく質、ビタミンB・E、カルシウム、カリウム、鉄分てつぶん、マグネシウム、食しょく物もつ繊せん維いなど、体に必要な栄養素がバランスよく豊富に含まれていることで知しられている。しかし、独特の「におい」がするため、「納豆は嫌い」という外国人が多い。 昔、寺の僧侶たちが保存食として作った「納豆」は、塩水しおみずに浸ひたした大だい豆ずを発酵させ、乾燥させたものだった。 今の「納豆」は、煮たり蒸したりした大豆を納豆菌で発酵させる。 糸を引くように、ねばねばしていることから「糸いと引ひき納豆」ともいう。 大豆は、約2300年前の弥生やよい時代の初期に中国から渡来したが、大豆栽培より一足先に始まっていた稲作の藁わらが「納豆」作りに大きな役割を果たした。 藁にたくさんの納豆菌が付いているので、昔は、煮た大豆を「藁わら苞づと」(わらを束たばねて、物を包むようにしたもの)に入れて「納豆」を作った。「苞つと」は藁や草を束ねたもので、昔の人たちにとって、弁当箱や手て提さげ袋ぶくろだった。 煮豆を藁苞に詰めて囲い炉ろ裏り端ばたに翌日まで置いていたところ、特有の粘りと「におい」のある美味しい味になったのが「納豆」の始まり。 「納豆」の語源は、①煮豆を藁苞に詰めたので「納める豆」から、②寺への施ほどこし物を納めて置くところを意味する「納所なっしょ」から、などの説がある。 「納豆」という言葉は、平安後期の学者・藤ふじ原わらの明あき衡ひらが1058年~1065年に書いた漢文の随筆「新しん猿さる楽がく記き」に初めて登場する。 「納豆」が庶民の食べ物として大衆化したのは江戸時代(1603年~1867年)。 当時の記録に、「烏からすの鳴かぬ日はあっても、納豆売りの来ない日はない」とある。

元のページ 

page 219

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です