日本という国
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020「日本経済」の歩み二節=「戦後」から「経済大国」へ 「日本経済」は、2008年9月の「リーマン・ショック」に続く、2011年3月の「東日本大震災」と「福島原発事故」、さらに、欧州の財政危機など、様さま々ざまな危機を乗り越えてきた。しかし、2015年になって、中国経済の減速・新興国経済の陰かげりなどによる世界経済の先行き不安が加わり、「日本経済」を取り巻く状況は厳しさを増している。 《注・アメリカ合衆国の投資銀行(リーマン・ブラザーズ)の経営破は綻たんがもたらした世界的な金融危機と不況を「リーマン・ショック」という》 「リーマン・ショック」の後、欧州(ヨーロッパ)の「ユーロ不安」から世界経済が低迷した。 一方、「日本経済」は、2011年後半から2012年前半に「歴史的な円高」に見舞われた。 2011年1月に「1㌦・83円台」だった外国為替かわせ市し場じょうの円相場が、2012年にかけて「1㌦・77円台」まで「円高」が進み、輸出にブレーキがかかり、国内産業が衰退すいたいし、雇用の機会が失われ、「日本経済」は落ち込んだ。 当時の「民主党」政権は有効な手を打てなかったが、企業努力などにより回復の道を歩あゆみ始めた。「東日本大震災」からの復旧・復興も進み、欧州の財政危機が落ち着きを見せ、アメリカ経済も上向いてきた。 そして、安倍内閣の経済政策「アベノミクス」、特に「金融緩和」によって、2013年5月に為替かわせ相そう場ばは「1㌦・103円台」まで「円安」が進み、景気は後退局面から抜け出した。 「円安」とともに、企業業績も明るさを取り戻した。 2015年6月には「1㌦・123円」まで「円安」が進んだ。 しかし、2016年6月には、一時「1㌦・99円台」まで「円高」になるなど、為替相場によって「株価」が乱らん高こう下げし、景気の動向が左さ右ゆうされる状況が続いている。 「戦後」の「日本経済」の復興は著しく、朝ちょう鮮せん戦せん争そう(1950年~1953年)による「特とく需じゅ」で景気に弾はずみがついた。朝鮮戦争中、日本が、朝鮮半島へ出兵したアメリカ軍への補給物資の支援、破損した戦車や戦闘機の修理などを大々的に請け負ったことによって、日本経済が急速に拡大していった。これを「朝鮮特需」という。 1954年(昭和29年)から1957年(昭和32年)まで、爆発的な好景気が続き、「神じん武む景気」と言われた。「日本の初代の天皇とされる『神武天皇』が即そく位いした年(紀元前660年)以来、例を見ない好景気」という意味だ。 1950年代後半には、好景気の影響により、耐たい久きゅう消しょう費ひ財ざいブームが起こり、国民が努力すれば、「白黒しろくろテレビ・洗濯機・冷蔵庫」の家庭電化製品(家電)が購入できる商品として人気となり、『三さん種しゅの神じん器ぎ』として、豊かな新しい生活の象しょう徴ちょうになった。

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