日本という国
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047 ばならない水田が多かった。 自動車や電機などの生産拠点や部品工場が被災し、経済活動が大きく落ち込んだ。 政府が2011年6月時点で試算した「東日本大震災の被害額」は約16兆円9千億円。 「住宅・宅地、店てん舗ぽ、工場などの建築建物」が約10兆4千万円で最も多く、次いで、「電気・ガス・水道の基礎インフラ」、「道路、港こう湾わん、空くう港こうなどの社会資本」など。 「福島第一原発事故」による放射能汚染被害や、農林水産物の被害などは含まれていない。 ※「支援」の輪 被災地では、自じ衛えい隊たいなどの救助活動、救援物資の搬はん送そう、被災地の「がれき」撤去など、復旧作業などが展開され、ボランティアの人たちや、欧米やアジア諸国など世界各国の支援の輪が広がった。 ※ 防災教育=「釜かま石いしの奇き跡せき」 岩手県釜石市にある14の小・中学校の児童・生徒約3千人は、自分たちの判断で、押し寄せる巨大津波から逃のがれて無ぶ事じだった。 なかでも、鵜うの住すま居い小学校(361人)と釜石東ひがし中学校(222人)の児童・生徒の行動は「釜石の奇跡」と呼ばれ、防災教育の大切さを教えた。 海岸からわずか約1キロの「釜石東中」では、巨大地震の激しい揺れで校内放送が停止した。生徒たちは、自発的に避難を始め、避難場所に指定されていた高台たかだいの老人施設へ走り出した。隣接する「鵜住居小」の児童たちは、何度も合同避難訓練をした「釜石東中」の生徒たちの姿を見て、後を追った。小学生たちは、背はい後ごを気にしながら中学生に手をひかれて逃げた。約500㍍離れた高台へ走り去った直後、「釜石東中」、「鵜住居小」の校舎は津波の直撃を受けた。 間もなく、校舎裏側の崖がけが崩れた。危険を感じた児童・生徒はさらに約500㍍先の高い所にある別の施設へ向かって逃げた。それから約30秒後、最初に避難した老人施設は津波にのまれた。 子どもたちを救ったのは、「想定を信じるな」、「最善を尽くせ」、「率先そっせん、避難者たれ」という「避難の3原則」だった。 日頃の「防災教育」や避難訓練の重要性を、多くの人に改めて認識させた。

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