日本という国
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「元号(年号)」げんごう四節=066日本では、天てん皇のう陛へい下かが在位している期間の名称として西せい暦れきとともに、「元号」が使われている。1989年にスタートした「平成へいせい」の「元号」が、数年以内に改められることなりそうだ。2016年(平成28年)8月に、天皇陛下がビデオメッセージで「生せい前ぜん退たい位い」の「お気持ち」を明らかにされたため、「特別措そ置ち法ほう」の制定によって、天皇の位くらいが皇こう太たい子しに譲ゆずられた時に、新しい「元号」になる。 日本の「元号」制度は、紀元前140年に中国で「元号」が始まってから約800年後にスタートした。「元号」の手本である中国では現在は使われていない。 古代中国には、「皇帝が即そく位いした年を元年とし、それを起き点てんとして皇帝が在位している間の年を数える」習慣があった。その後、皇帝の在位の途中でも、皇帝の衰おとろえた力を取り戻すために、「元年を新しくする」改元かいげんが行われた。一人の皇帝の時代に2回も3回も「第一年」があり、それぞれが「元年」で、まぎらわしい、というので、後に「その元年にそれぞれ名前を付けた」のが「元号」だ。 古代中国の前漢(紀元前140年頃)の皇帝・武帝の時に「建元けんげん」と称したのが「元号」の始まり。 日本で初めて「元号」が使われたのは西暦645年の「大たい化か」。 現在の「平成へいせい」まで、日本の「元号」は248。 日本でも昔は、「元号」に「呪まじない」の意味を持たせたため、短い時は1年で新しい「元号」に変わることもあった。 しかし、明治天皇の時、「一世いっせい一元いちげん」という原則ができた。 「一世」は一代の天皇の間ということ。「一元」は「一つの元号」。一人の天皇が生きている間は、元号は一つに限る、ことになった。 「元号」は、明治時代に「呪まじない」の意味はなくなり、「その時の天皇の治ち世せいの期間を示す記号」になり、戦後は、「天皇が在位している期間を表す時代区分の記号」という性格に変わった。 昭和54年(1979年)に元号法が制定され、「元号は、皇位の継けい承しょうがあった場合に限り改める」ことが決まった。 「元号」の名前を決める時は、①国民の理想としてふさわしい、良い意味を持つもの、②漢字2字、③書きやすい、④読みやすい、⑤これまで用いられていない、などが考慮される。 「元号」を決める場合、その時々の学者が、古代中国の書物から、良い意味を持って、めでたい意義のある文字を探し出すのが慣例。 例えば、「昭和」は書しょ経きょうの「百ひゃく姓しょう昭しょう明みょう協きょう和わ万ばん邦ぽう」から、「平成」は書経の「地ち平へい天てん成せい(地ち平たいらかに外そと成なる)」と、史し記きの「内ない平へい外がい成せい(内うち平たいらかに外成る)」の言葉から、それぞれ決められた。

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