日本という国
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076 進み、民族的文化として成熟していった。 「能のう」、「狂きょう言げん」、「華か道どう(生いけ花ばな)」、「茶さ道どう(茶ちゃの湯ゆ)」は、この時代に伝統文化としての基盤を築いた。 能役者・能作者である「観かん阿あ弥み」・「世阿弥ぜあみ」父子ふしは、第3代将軍「義よし満みつ」の保護を受け、「能」を極めて芸術性の高い歌か舞ぶ劇げきとして発展させた。 「義満」が別荘として京都市北山に造ったのが金閣寺(鹿ろく苑おん寺じ)だ。三層のうち上二層の周囲に金箔きんぱくを張った楼ろう閣かく建築で、伝統的な寝しん殿でん造づくり風と禅ぜん宗しゅう寺じ院いん風の折せっ衷ちゅう建築として有名だ。創建以来の金閣(舎しゃ利り殿でん)は1950年(昭和25年)に放火で焼失し、5年後の1955年に再建さいけんされた。

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