中国の大学から届いた学生と先生の声

第三回・中国の大学生、院生『日本語作文コンクール』1995年 応募総数・514編テーマ=「戦後50年。日本に望むこと」

国人民の痛みを理解して欲しい

朴明玉(遼寧師範大学・遼寧省大連市)

 戦後五十年の今日に至るまでには日本は指導者たちの努力、特に日本国民一人一人の血と汗による目覚しい努力がありました。そして、両国の友好が回復してからは中国に絶え間なく経済援助を与えたり、友好代表団を派遣して姉妹都市を結成するなど友好交流のために力を入れてきました。そのことを中国人民は本当に有難く思っています。確かに日本国民の思いやり深さ、また先進的な経営技術に私たちは脱帽しています。しかし、その反面、何か建て前と本音の間にずれのようなものが見られるのも否定できません。かつての戦争がアジアへの侵略・中国への侵略であったことをまだはっきりと認めない人も少なくない。中国と日本は平和条約のもとで親しい隣国関係を取り戻していますが、それはまだ表面的であるに過ぎない。
 日本がこれからの国際社会に貢献するためには自分たちの受けた戦争の悲惨さを語り継ぐだけでなく、他国に及ぼした害を語り継がなければいけないと思います。日本にも「わが身をつねって人の痛さを知れ」という言葉があるそうです。一人一人が自分の痛みによって他人の痛みを理解してあげたら、いろいろな不愉快なことはなくなるでしょう。日本が中国と真の共存関係をもつためには、まず中国人民の痛みを理解して欲しいです

原爆の原点をさぐると・・・

張子春(青島大学・山東省青島市)

 考えてみると、無差別に原爆で数多くの一般市民を虐殺したことは許せない犯罪だったが、原爆の原点をさぐると、日本国民の被った被害は、戦争の苦痛を私のいる中国および東南アジア諸国の人々に押しつけたことと切っても切れない関係がある。日本もアジア各国も同じ戦争被害者とも言えるが、日本が戦争被害を受けたのは、他国に被害を与えた直接的結果で、それゆえ、二つの原因は本質的な区別があると思う。
 原子爆弾の恐ろしさを日本国民にも、より多くの外国人にも知らせる必要が絶対にあると思う。しかし、かつて加害者としてやったことや、被害者と加害者とのつながりについても、深く認識してほしい